2013年1月24日木曜日

『草原』24-11(通巻119)号より


キリンの顔だけ先に見えた  瞭
 動物園でのひとこまでしょう。こういうことをしでかすために、彼らは首を伸ばす道を選んだのかもしれません。違うでしょうが。

夕立にぬれてカラスも私も  啓司
 急の夕立にぬれるほかなかったのは、どうやら私だけではなかったようです。動物は自然現象には敏感とききますから、てっきりカラスも事前に夕立を察知するものと思っていました。人間化しているのかもしれませんね。

あげた花を姪が捨てた  馬堤曲
 折ってあげた紙飛行機を、知人の子に地面へ垂直に投げつけられたことを思い出しました。無駄に勢いがあるのがまた、こちら側としてはさびしい気持ちになります。

秋の海に足を浸す  錆助
 「春の海へ裾をあげる」を思い出します。どちらも、静かな日常のひとこまです。

デジカメと秋を歩く  福露
 現代的な句となりました。山頭火らは、この句をどのように読むのでしょう。デジカメを何ととらえるのか、ぜひめぐり合わせてみたいものです。

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